名セリフ・名シーン集

おめえの分まで 全弾ぶち込んでやる!! その2

後から思い付いたことがあるので追記する。

正対して向かってくる敵のダルマ・セリカ。これは夜間のシーンだから、対向してくるクルマのヘッドライトが表現のポイントになる。

ヘッドランプの輝きは絵的に迫力が出るが、それだけでなく、飛葉の照準がライトの光で阻害される可能性がある。敵はそれが分かっていて、ハイビームにしているのではないか? そして飛葉は、ライトの直射を避けるために真横から立ち向かったのではないだろうか?(自らの射角を確保するためもあるだろう) 水平ジャンプを行ったのは、頭から向かうことで前面投影面積を小さくするため...?(弾幕を突破するため、そして相手を混乱させるため) そんな想像が駆け巡る。

主人公側に不利となる状況設定がまずあり、それを「戦術眼」と「技術」「連係プレイ」で乗り切った...一連のアクションシーンはそんな緻密な表現に思えるのだ。アクションシーンはこういう部分(状況設定)がきちんと描かれていないと盛り上がらない。望月アクションの素晴らしさ、奥深さを再確認できるシーンだと思う。


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おめえの分まで 全弾ぶち込んでやる!!

今見ると香港アクション映画のイメージの源流としか思えないシーンだ。

八百と飛葉が負傷。「おのれ」とガンを抜く両国だが、飛葉にガンを奪われる。お前の射撃の腕では有効弾を与えられないからスノーモービルの操縦をやれ、と命令する飛葉。両国は不平を言いながらも命令に従う。

おめえの分まで 全弾ぶち込んでやる!!
(飛葉大陸/朝食に死を)

こうして2挺拳銃のガンマン・飛葉と自衛隊くずれの悪党との一騎打ちとなるのだが、射撃の名手・八百を負傷させ、射撃の苦手な両国にガンを握らせるという、決闘シーンに繋がる前段の仕込みが抜群にウマイと思う。

そして、「4輪 vs スノーモービル」「軽機関銃 vs 2挺拳銃」という対決の構図がまた見事。特性の異なる装備を持った相手との対決だからこそ、バトルは盛り上がる。先生はBARタイプの軽機関銃が大変お好きと見え、強力なフルオート射撃のパワーを見せつけたいシーンには必ず登場する(「谷間のユリは鐘に散る」など)。

決闘のつもりか しゃらくせえっ
勝負!!

対面する1対1のバトル。2挺拳銃の連射。そして重力無視の平行移動。これぞ、香港ガンアクション、香港ワイヤーアクションの元祖的シーンではないか。この作品が描かれたのは1976年。ジョン・ウーらの「香港ノワール」と呼ばれるガンアクション映画、ワイヤーアクションで知られる「チャイニーズ・ゴーストストーリー」が大ヒットするのは、この10年後だ。

細かいようだが、スノーモービルのハンドルを切る時の両国のライディングスタイルが気に入っている。フロントに荷重をかけつつ、ハングオン気味に腰を落としている。説得力のあるイイ表現だと思う。

朝食に死を
朝食に死を

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走行時の射撃訓練を...していない者と...している者のちがいを 見せてやろう!!

殺人秘密結社M.Cプロの社長、大岩雷太が逃走を企てる。ハイウェイを追走する飛葉。
必死に発砲するボディガードたちだが、揺れる車内からでは正確に命中させることが出来ない。

走行時の射撃訓練を...していない者と...
している者のちがいを 見せてやろう!!

(飛葉大陸/野生の人)

バン 火を吐くウッズマン。(実はこれがウッズマンの初登場。この効果音も最高!オリジナリティ度 極めて高し)
次々に撃ち倒されるボディガードたち。「せ 正確だ」大岩がおののく。(この対比が実に効果的)

素晴らしいシーン、そしてセリフだと思う。リアルな(リアルに感じる)銃撃戦。ハイウェイを疾走するバイク上のスピード感、激しい揺れ、風圧までもイメージできる。1969年。日本の少年漫画が変わった瞬間かも知れない。

ヒーローものの主人公は大抵射撃がうまいが、飛葉の場合は「走行時の射撃訓練を受けているから」と理由が明確に説明されている。ヒーローだからうまいのではなく、特殊な訓練を受けているからうまいのだ。それが新しい。とてもリアルに感じる。

拳銃を撃ったことがある方なら分かると思うが、止まっている的に当てるのも困難だ。的が移動するだけでも大変。こちらも移動しながらでは、まず当たらない。そんな感想を持つはずだ。このシーンによって、拳銃の扱いがとても難しいこと、双方移動しながらではまず当たらないことがキッチリと説明され、読者は「ガンの世界」に引き込まれる。

射撃前、飛葉は左ミラーを操作する。これはアクセル開度を一定に保つ装置のスイッチだろうか。ウッズマンを両手で構えた後、シャキンという効果音が入る。これは初弾を装填するスライド操作の音か。次に腰を浮かし、重心を下げ、足をサスペンションにして揺れを吸収する。そして発砲!

「走行時の射撃訓練を受けている」という説明があった後、このように射撃のプロセスをじっくり見せられると、リアル感が全然違うのだ。

このハイウェイでの車上射撃シーンは、ヒーローの強さに、リアルさ、説得力が加えられた画期的なシーンだと思う。



ワイルド7「野生の7人」
ワイルド7「野生の7人」
ワイルド7「野生の7人」

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「夏のユキ」の花言葉

公式サイト「月刊 望月三起也」の「作品紹介」というコンテンツで、先生の作品にはバラがタイトルに付くものが多いと言う指摘があった。

「月刊 望月三起也」作品紹介 第6回 薔薇のイブ
http://wild7.jp/1498

ワイルド7で「バラ」と言えば、最終話「魔像の十字路」のラストシーン、最後のコマがバラである。


バラの花言葉を調べてみた。色別に花言葉があるようだ。
バラの色別花言葉
http://www.87co.jp/flowerwords.html

バラ全般
愛、恋、美、幸福、乙女、秘密、無邪気、清新

赤バラ
情熱、愛情・あなたを愛します、貞節、美、模範的 ・熱烈な恋

ユキが咲かせた赤いバラ。飛葉へのラストメッセージということか。

「夏のユキ」の花言葉


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すまねえ... 今は殺されるわけにゃ いかねえんだ...

ぶんか社文庫判25巻「魔像の十字路 IV」。草波隊長の裏切りを立証するため中東の石油大臣の一行を追う飛葉に、大臣暗殺未遂犯の疑いがかかる。暗殺犯と誤認した大臣の護衛が拳銃を向けると、飛葉は反射的に、負傷した護衛刑事のショルダーホルスターからリボルバーを引き抜き、護衛を撃ち倒す。

すまねえ... 今は殺されるわけにゃ いかねえんだ...
(魔像の十字路)

誤認した相手を射殺しておいて「すまねえ」も何もないものだが、「あの」飛葉の言葉だけに重く心に残る。私が認識するところでは、致命傷を与えた相手に対して飛葉が謝罪したのは、このシーンと「千金のロード」で曲撃ちをやった際のセリフ、

苦しませてすまねぇな!
心臓を狙ったんだが とっさの態勢だったもんで
腹へ きめちゃったらしいな!

(千金のロード)

だけだと思う。(「態勢」は「体勢」の誤字だ)

飛葉が拳銃を抜く。それは常に必殺の行動なのだ。抜いたら躊躇なく急所を狙う。自らの行動に対して後悔などしない。それがワイルドの、飛葉の行動だと思う。私はそこにシビレル。

ワイルド7は警察組織だが、犯人逮捕を目的としていない。敵の目的を挫き、自らのミッションを遂行するのが至上命題であり、多少の巻き添えも辞さない。ワイルドの敵は、一瞬の躊躇も見逃さない非情なワルばかり。そうしたワイルドの戦いのハードさを感じ取ることが出来るシーンだ。

このシーンでは敵ではない者であってもガンを向けられたら反射的に攻撃するし、その際も必殺の射撃を行ってしまう...という戦いのリアリティを感じ取ることが出来る。「すまねえ」と誤るくらいなら急所を外せば良いのだが、常に置かれている過酷な環境のせいで、身体が自然に動いてしまったのだろう。だからこの表現にウソはないと思う。瀕死の護衛刑事が飛葉にS&Wのリボルバーを持たせるセリフもシビレルし、ワイルドにとって「ガンを抜く」とはどういうことか?を示した素晴らしいシーンだと思う。

男がガンを抜く時、あるいは行動を起こす時は、常に「必殺」「必中」の信念であたれ!
私はこのシーンに込められたであろう先生のメッセージを、このように受け取った。

上のシーンで、大臣の護衛を射殺する行為はストーリー上まったく意味はない。致命傷を負った護衛刑事からS&Wを譲り受けるきっかけになったが、直後にヘボピーがバイクとガンを届けにやってくるから、「武器を得る」という意味もない。この「たいした意味がない」というところにもシビレル。作為的でないわけだから。大臣の護衛の死とリボルバーを与えれくれた刑事の死。それらはストーリー進行上必要なものではなく、したがって彼らの死が報われることはない。だが、現実の死とは、そういうものだろう?

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その死体...ストークさんかい?

ワイルド7の本質のひとつはハードボイルドだと思われるが、その特徴はセリフにも良く現れている。

その死体...ストークさんかい?
(熱砂の帝王)

死人のことを「死体」と呼ぶことが多い。「谷間のユリは鐘に散る」では、医者にまで「30分...1時間...と時間がたてば死体もふえるだろう...」とのセリフが振られている。生きていないなら「死体」であり、それ以上でも以下でもない存在...ということか。

「野性の7人」では、飛葉が草波に対し、

だから オレは 追跡し 射撃した!!
(野性の7人)

と発言している。「追跡」「射撃」。このシンプルで力強い表現が僕は非常に好きだ。

おまえさんを 射殺したら もうひまだ
(コンクリート・ゲリラ)

ゲリラハンターのユキに対する飛葉のセリフだが、「射殺」という表現が衝撃的だ。通常この場合「処刑」または「始末」という表現が使われると思う。それであっても主人公のセリフとしては衝撃的な内容なのに、家族の復讐に燃える若い女の子に面と向かって「射殺」ときた。こう言われては「この相手に泣き落としは通用しない」と観念するしかあるまい。

「死体」「追跡」「射撃」「射殺」。いずれも短くてドライで決然とした表現であり、行動を端的に説明していて歯切れが良い。そして、これは一般的な日本人の言語感覚とは少し違う気がするのだ。海外小説の翻訳作品の文体(表現)に近い雰囲気を感じるのだが、どうだろうか?

作品の中で主人公・飛葉の内面はほとんど描かれないし、クールで行動的な彼の姿が、客観的に描写されていく。そこにこのドライな翻訳調のセリフの文体が非常にマッチしていて、作品全体にハードボイルドな雰囲気を発散させているのだと思う。

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頭がふっとべば トカゲでも死ぬだろうな

事件のカギを握る資材係長をシメ上げる飛葉とユキ。ダイナマイトを相手の口に突っ込んで導火線に点火する彼らに、運輸省保安課長が制止に入る。「殺す気か!!」 それに対して飛葉がトボけて放ったセリフが、これ。

まあ 頭がふっとべば トカゲでも死ぬだろうな
(黄金の新幹線)

僕はこうした掛け合いのセリフが面白くて大好きだ。望月先生はものすごく会話のセンスがあると思う。

このシーンでは、飛葉が尋問の「ツッコミ役」、ユキは「なだめ役」という風に取り調べの基本線に沿っている。また、保安課長という一般常識を持った人物に拷問の制止に入らせ、シーンを緊張感にもたらせている。ワイルドの行動を抑制しようとする者が出て来ないと、やっぱり話は盛り上がらない。

これの少し前のセリフで、

悪党に えんりょは しねえっ
じっくり しめあげてやるぜ!!

とか

ワイルド7は 警視庁へ つれていくなんて
むだはしねぇ

というセリフもある。ワイルドでは「拷問」のことを「しめあげる」と呼んでいるようであり、隊内では常識的に行われているようだ。なにせ「悪党には容赦しない」がモットーの集団である。感覚としては新選組と同じなのだろう。

さて、ここで前回の記事に繋がってくるのだが、このシーンもワイルド7が「アンチヒーローもの」であることを如実に表しているのだ。アンチヒーローとは「正義」という目的のために戦うが、非合法な手段を取ることも辞さないヒーローのことである。

アンチヒーローの定義は多様であり、「非合法な手段を取ることも辞さないヒーロー」だけを指すものではない。しかし、純粋なヒーローは「決して非合法な手段を取らない」ということは言える。正統派のヒーローは拷問を行うことはない。

今年アメリカで大ヒットした映画「ダークナイト」を観に行ったが、この作品は、アメコミヒーローのバットマンがアンチヒーローに転化していく様を描いたシリアスタッチの作品である。アンチヒーローへの分岐点として「市民の携帯通話の無差別盗聴」が描かれているが、他に有効な手段が無かったとはいえ、この行為の代償として社内の重要なパートナーが離反してしまう。またバットマンは殺人犯として指名手配されて終わるし、最愛の人を守ることも出来なかった。これまで単純なヒーロー像を好んできたアメリカ映画としては良くやったな、と思う反面、なぜ日本であまりヒットしなかったのか良く分かった気がした。

日本のヒーローものでは、こんなシーンは昔からザラだったのである。少年向けの作品で僕たちは、自らの力に悩むヒーローや、戦いを好まないヒーロー、愛するものを守れないヒーロー、そしてこのワイルド7のように「逮捕じゃねぇ、退治だ」「裁判に持ち込む気はねぇ」と、平然と非合法で容赦ない手段を用いるヒーローたち(アンチヒーローたち)に接してきたからだ。僕らはすでに免疫出来まくりだったのである。

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それじゃ ふところの金を おいてってもらおうか...

ワイルド7の本質のひとつとして「アンチヒーロー」があげられると思う。それを象徴しているのが、この飛葉のセリフだ。

それじゃ ふところの金を おいてってもらおうか...
(コンクリート・ゲリラ)

雨の中、不良外人(ベトナム帰休兵)3人に絡まれていた女性を救う飛葉たち。礼を言って立ち去ろうとした彼女に、飛葉がこのセリフをかます。彼女は掏摸だったのだ。

元不良で、掏摸とも付き合いがあったという飛葉の目は誤魔化せない。しかし問題はこの後。どう彼女を説教し、再犯を防止するか?

飛葉は「その金を置いていけ」と命じ、「いやなら警察までドライブしよう」と脅す。これぞ「アンチヒーロー」らしい説教だ。雨でずぶ濡れになりながら、悔しさをにじませて立ち去っていく女性。骨折り損で腹立たしい一日....きっと忘れられないだろう。

奪い取った金は赤い羽根募金に全額寄付するあたり、密かに「良い人」なのだが、正面から正論で説教はしない。元不良だから、何が相手に一番訴えるか分かっているのだろう。

こういうヒーロー像(アンチヒーロー)はそれまでの少年漫画には無かったのではないだろうか。前作「秘密探偵JA」とは異なった路線を目指した、先生の意図がよく現れた「らしい」シーンだと思う。

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死んだ者に俺たちの手は必要としないが...生きてる大臣にはこの手が必要なんだよ...

外国要人の護衛任務に付くワイルド。この任務は秘熊一味と警察との「警察権」を賭けた戦いでもある。飛葉、八百が負傷中のため、ヘボピーが警備責任者となり指揮を執っている(喰ってばかりだが)。そこに沖田刑事(裏切り者)がやって来て「八百が死んだ」と告げる。それを聞いて病院に向かおうとするオヤブンを、ヘボピーが制止する。

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死んだ者に俺たちの手は必要としないが...
生きてる大臣にはこの手が必要なんだよ...

(魔像の十字路)

これはワイルド7の世界観を象徴するセリフとして記憶に残っている。
ワイルドの本質はハードボイルドだと思う。キャラクターデザインが少年漫画タッチなので、第一印象的にそう思われないかもしれないが、ゴルゴよりも甲殻よりも遥かにハードボイルドだと僕は思う(その理由については今後追求していく予定)。

このシーンはオヤブンとの掛け合いなのだが、最も仲間思いのオヤブンの個性が生きている。オヤブンは「地獄の神話」のラスト近くで「テルの仇討ちじゃい!!」と指令もないのに飛び出して行き、神話社長の乗る便に潜り込んでドスで勝負すると言う。テルは追加メンバーだし仲間から愛されるタイプでもないのに、差し違え覚悟で仇討ちに飛び込んでいくオヤブンが僕は好きだ。

ヘボピーはメンバーの中ではサブリーダー格で、冷静な思考ができる男だ。だからこそ、このセリフが用意されたのだと思うが、同時に優しい部分も持っている(悲しい話が苦手)。沖田刑事から悲報を聞いたヘボピーは、食事中のナイフを床に落とす。それを拾い上げ、ナプキンで汚れを拭きとり、食事を再開する。精神的な動揺があり、そこから無言で立ち直っている。そして上記のセリフに繋がっていくのだが、この辺のきめ細かい心理描写がたまらない。その後、ヘボピーはおヒヤを汲みに洗面所へ行き、人目の無いところでひとり号泣する...。

ハードボイルドの基本原理は「行動」だと思う。沈思黙考したり、感傷に浸るのではなく、あくまでも「行動」を優先する。ワイルド7は「行動者の美学」を実践する集団だと思う。

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壊れた椅子の修繕費 足りるかな?

20年ぶりに読み返してみると、以前と同じシーンに感動するだけでなく、以前は気にも留めなかったシーンに心を掴まれることがある。それが「魔像の十字路」のこのシーン。

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壊れた椅子の修繕費 足りるかな?
(魔像の十字路)

なんてカッコイイんだ。飛葉。

珍しくイコの店ではなく、老夫婦が営む蕎麦屋に集合したワイルド。テレビのメロドラマに涙するオヤブンに両国が絡み、店内で乱闘になりかかる。そこに飛葉がやってくる。

「ダンディズム」においては、「謝罪の仕方」「カネの払い方」も重要な要素だと思う。即座に財布を取り出した飛葉は、カウンターにピシッと5万円を置く。自分たちが一方的に悪いのだから「修繕費はいくら位になりますか?」と尋ねたり、紙幣を1枚1枚数えたりチマチマやらないのだ。多めの金額をピシッと払う。相手に語らせない。謝罪の仕方としては最高にカッコイイと思う。「足りるかな?」という聞き方もイイ。

さらに、この修繕費は「立替え」であり、主犯であるオヤブンと両国の給料から差っ引くという。不始末をしでかした者には即座に処罰を与える。それを聞いて爆笑している八百とヘボピーに対し「傍観していたお前らも同罪」として「全員から等分に差っ引く」と宣言、笑いを止めさせる。これでケンカは終了、一件落着。部下に対してクドクド説教しない。あくまでも行動や行為でチームをシメるワイルドらしい、飛葉らしい解決の仕方だと思う。とにかくカッコイイのである。男として、リーダーとして。

余談だが、このシーンがある22巻(ぶんか社文庫判)の表紙裏写真は望月先生の愛用の「財布」の紹介なのだ。狙って企画したとしたら、ぶんか社の担当者さんは相当なハイレベルだと思う。先生もなんてカッコイイんだ。

Sany0014

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