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2010年8月8日 - 2010年8月14日

松本零士さんの「衝撃降下90度」と「戦闘機シリーズ・震電」

望月先生の作品で最も有名なのは間違いなく「ワイルド7」だが、先生はデビュー直後の60年代から90年代に至るまで戦記コミックを描き続けて来られた、「戦記コミック」の代名詞的存在でもある。

僕の個人的見解では、戦記コミックの代表的作家は、望月先生松本零士さん小林源文さん。そして系統はまったく異なるが、水木しげるさん...となる。

小林源文さんは望月先生の「最前線シリーズ」文庫判の後書きで、子供時代、「最前線」など望月戦記コミックの熱心な読者だったと述べておられた。

松本零士さんも、望月戦記コミックの影響を強く受けているようだ。
そう思わせる作品、それが今回取り上げる「衝撃降下90度」である。

「衝撃降下90度」は。ビッグコミックオリジナルの1975年11月20日号に掲載され、少年サンデーコミックス「戦場まんがシリーズ」第5巻のタイトル作品として刊行された作品で、同シリーズの代表作のひとつとされる人気作品のようだ。

ちなみに僕は小学校高学年時代、このシリーズに大いにハマり、今でも松本さんの最高傑作は「戦場まんがシリーズ」だと思っている。30〜40ページ前後の一話読み切りのスタイルが松本さんにピッタリのフォーマットであり、その手腕が天才的に発揮された作品群だと思う。

次に望月先生の「震電」について解説しよう。

この作品は少年ブックの1964年11月号の付録に掲載され、「隼」という作品の単行本に収録された一話読み切りの短編である。その後得意となるメカものの習作的な作品で、飛行機を苦労しながら描かれたそうだ。
近年では、2003年にぶんか社から発行された「望月三起也戦記コミック傑作選Vol.1 航空戦記コレクション シルバー・ハンターー銀翼の狩人ー」に収められている。


では、「衝撃降下90度」と「震電」の関係を見ていこう。

まず、状況設定と登場人物から。

これがまず「同じ」といっていい。

大戦末期の日本。既存の技術(レシプロエンジン機)で世界最高の戦闘機を作ろうとする、2人の若者の物語。2人は幼なじみだ。

望月作品では、下士官のパイロットと士官のパイロット(ともにテストパイロット)で、士官パイロットの中野少尉は航空機の技術にも明るく、設計者からも一目置かれる存在。
下士官パイロットの城山一飛曹は事故で片足を失って義足となり、現在は地上勤務に就いているが、いつか大空に舞い戻ろうとリハビリを行い、機会を窺っている。

松本作品では、テストパイロット(台場)と設計者(山越)の組み合わせ。
台場は急降下テスト中の分解事故を繰り返し、足、腕、眼...と身体の一部を次々と失い、義足、義手の身となりながらも、音速突破に執念を燃やし、気弱になる山越を叱咤激励する。


テスト飛行中に戦闘に巻き込まれる部分も共通するし、松本作品ではクライマックスとなる、急降下中に操縦不能になるシーンも望月作品に登場する。


両作品で最も異なるのは、登場する機体である。
これは作品の「もうひとりの主人公」とも言える存在。

望月作品では、タイトルどおり「震電」
実在の試作戦闘機である。

ここで重要なのは、震電はプロペラが後方にあるレイアウトのため、脱出時にプロペラに引っかかる可能性が高い、テストパイロットにとって非常に危険な機体だということである。

作品中でもこの件について言及があるが、テストパイロットが主人公の作品を盛り上げる重要な要素だし、「史実」の重みもある、とてもうまい設定だと思う。

松本作品では、後付けで「キー99」とネーミングされた機体が登場する。
これはフロントにタンデムでエンジンを搭載し、二重反転プロペラを駆動するという双発の試作戦闘機だが、松本さんが創作した完全な架空機である。

松本さんの大戦期の戦記コミックに、まったくの架空機が出て来るのはこの作品だけだと思われる。

つまりこれは非常に珍しいことなのだが、その理由としては、ここで震電を出すと「震電」と完全に似てしまうため、という以外の理由が思い付かない。

「ピストンエンジンという既存の技術で最高の戦闘機を作る」という目標、「テストパイロットに危険なプロペラ配置」というストーリー展開に有利な機体デザイン、そして何よりも「史実」という重み。

すべてが震電を登場させることで利用できるのに、なぜ架空機だったのか

この「キー99」は、フロントタンデムエンジンというモノ凄いレイアウトだが、これは震電を前後ひっくり返した...というより、「震電とは違う既存のレイアウトの中で、究極のデザインを」という発想だったのだろうと思う。

僕は、この機体は松本さんなりの「震電」へのオマージュだったと理解している。


両作品を比較すると、同年の生まれである両作家の出自、個性の違いがはっきりして面白い。

松本さんの父親は陸軍のパイロットで、末期には四式戦闘機「疾風」にも乗っていたそうだ。テストパイロットの経歴もあるそうだから、相当なものだ。
しかも「敵だった国の飛行機に乗れるか」といって航空自衛隊入りを拒否したという硬骨漢だったらしい。
このあたりの姿(パイロットの意地)が「衝撃降下90度」の台場や「紫電」の服部あたりに色濃く投影されているように感じる。

一方の望月先生の父親は宮大工という市井の人(従軍したのかどうかは知らないが)。

望月戦記コミックの大きな特徴としては、「市井の人が主人公」というのがあげられるだろう。
ほとんどの主人公が「戦争に巻き込まれた市井の人」であり、戦争のプロフェッショナルではない。

そして、市井の人が主人公たちと絡むストーリーがとても多い(ほとんどがそうではないだろうか?)。「震電」でも、中野少尉の病気の妹と、城山一飛曹の交流が描かれている。

これは戦記コミックのストーリーを作成する上で制約となり、ストーリー作成の難易度が上がると思われるが、望月先生の場合、「戦争と市民生活」というテーマが基本にあるようなので、これは当然のことなのかもしれない。

松本さんと望月先生は同年のお生まれだが、望月先生は横浜大空襲という惨劇を実際に体験されたが、松本さんは「戦場」を見ていない、という違いがある。

松本戦記コミックは「戦争」そのものよりも、「兵士の心情」にフォーカスされており、ファンタジックな要素も強い。望月作品の方は、先に述べたように「戦争に巻き込まれる市民」がストーリーの中心になり、視点が違う。

お二人の戦争体験の違いが作品に反映されているように思われ、とても興味深い。

余談だが、小林源文さんの父親は憲兵だったらしい。
「戦いは義務」という描かれ方が多いが、さもありなん....そんな印象である(笑)。

やはり「父親」というのは、作家にとって大きな存在ということなのだろう。


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後方にプロペラが配置される、震電の機体レイアウト

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飛鳥次郎風二枚目の中野少尉と、やんちゃ坊主の城山一飛曹

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病身の妹を思いやり、中野少尉を出し抜いて震電に乗り込んだ城山一飛曹。
この辺の流れは「メコンの落日」に影響を与えている気がする。

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急降下中に操縦不能となってしまう震電!

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1964年の段階で十四年式拳銃をしっかり描けているとは、さすが望月先生だ

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ここから「衝撃降下90度」。急降下中に操縦不能となってしまった「キー99」

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この作品タイトルの入り方が「戦場まんがシリーズ」の特徴であり、最高に素晴らしい!

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片足を失って入院中の台場を見舞う山越

Sany0021
ジェット機もロケット機も間に合わない。ピストンエンジンで最高の戦闘機を!

Sany0025
己の執念のため、ラストフライトに臨む台場。執念の鬼となった彼の姿は、「空の死神」と化したベルリンの黒騎士、リヒターに通じるものがある。彼らの帰るところは....

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