カテゴリー「映画」の7件の記事

2009年2月 1日 (日)

「チェ 39歳 別れの手紙」観てきたど。

今日(土曜日)茅ヶ崎で観て来た。初日だが、お客さんは少なめ(10人くらいじゃないの?)。「バッハハ〜イ!」の映画の方は結構入っていたようだったが...。

映画的な盛り上がりに欠ける長い長〜い映画の最後の最後に、スペクタクルなシーンがあった。主人公チェ・ゲバラのゲリラ部隊は分断され、ボリビア政府軍に個別に撃破されていく。ベトナム戦争を経験したアメリカ軍のエキスパートが作り上げた精鋭部隊が相手。農民や共産党の支持も受けられないし、軍事的な優位性も失われている。キューバ革命の時とは何もかも状況が違っている....。

そんな苦境の中、仲間たちは飢え、疲弊し、傷つき、斃れる。そしてついに包囲されるチェ。彼は手にしていた「M2カービン」のセレクターをフルオートに切り替え(昔、CMC製のモデルガン持ってましたー)、遮蔽物(岩)ごしにワンハンドで連射。ガガガガガガガ!射撃後ただちに移動すると、元居た場所に爆発が。30連バナナマガジンを交換、さらに射撃しながら移動するチェ。しかし足に被弾!カービンを失うものの、すかさず腰のホルスターからハンドガンを抜き放ち(多分ガバメントでは?)、連射。そしてマガジンを交換しようとするところで...

映画の冒頭、カストロとキューバ国民に向けた「別れの手紙」が読み上げられるが、一番肝心な部分、チェがキューバ革命戦争の勝利で得たすべてを放棄するに至った「理由」が、映画内で明確に説明されていない。「手紙」の文面だけ。各自で考えろ、ということなのだろう。

パート1(「28歳の革命」)は、チェを単純にヒーロー化したくないという意識からか、時系列が複雑に絡み合う展開だったが、このパート2はヒーロー化されるはずもない「転落過程」なので、チェに感情移入しやすいストレートな作りになっている。そのせいで、とてもじゃないが第三者的には観られないのだが、それだけにラストシーンと、無音の中で延々と続くエンドロールは精神的に堪えた。あのエンドロールは、観客が余韻を味わったり、シーンを思い出したりする時間を作ろうという意図なのだろう。

僕が印象に残ったシーンは、ゲリラの動きを軍に通報してしまう農家の老人。軍の待ち伏せ攻撃が開始されると、その激しい銃撃音におののいてしまう。渡河中を攻撃されたらひとたまりもない。一網打尽にされるゲリラ。農夫がおののいたのは銃撃音に対してだけじゃないだろう。

そして、軍に捕らわれたチェのセリフもイイ。通報の件を受けた「農民はお前等を支持していないぞ」という軍人の問いに「彼らは軍の流したウソを信じているのだ。もしくは、我々のこの失敗から何かを学んでくれるはずだ」と答える。また、「私の信じる宗教は、人間」と語る。人間性への完全な信頼...。

ところで、チェ・ゲバラって、「土方歳三」だよね。組織原理に厳格な副長で、美男。リーダーと別れた後も困難な戦いの道へ進む....そして敗北。まさに「不屈」の魂を持った男達だよなぁ。

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2008年10月 7日 (火)

緒形拳の「野獣刑事」

名優・緒形拳さんが永眠された。ご冥福をお祈りしたい。

最近は鬼太郎実写版でぬらりひょんを演ったりしていたけど、僕の中では「野獣刑事」が代表作というイメージ。一時期の日本映画って、「緒形拳が逃げ回るような作品が多い」とか言われていたけど、それがこの作品じゃないかな。

舞台が大阪・釜ヶ崎地区だし、緒形拳、いしだあゆみ、泉谷しげるの演技が濃すぎる。シャブ中で狂乱状態となった泉谷の演技は語りぐさである。軽い恋愛モノ中心の現代の日本映画とは最も遠い距離にある作品だけど、ある時期の日本映画を代表する作品だと思う。

そしてその主役は、やはり緒形拳だ。真摯に役に打ち込む役者としての「姿勢」を強烈に感じる。この作品の主人公のように「どうしようもない人」(どちらかというと悪人)を真剣に演じ切り、人間の性(さが)を象徴する存在にまで昇華させるのが緒形さんの力量。役者としても取り組み甲斐のある作品だったと思う。

楽天ダウンロード「野獣刑事」
http://dl.rakuten.co.jp/prod/800381800.html

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2008年8月 8日 (金)

スピルバーグの「1941」

スピルバーグ監督32歳の作品がようやく初の(国内)DVD化。ドタバタコメディ映画だが、立派な戦争映画と観ることも出来る。「混乱」「破壊」「集団の狂気」「市民と戦争」...戦争のネガティブな部分が(誇張されて)表現されている(死者はひとりも出ないが)。

この映画は第2次世界大戦中のアメリカの唯一といって良い「恥部」を描いている。映画と同じ日米開戦直後の時期、東海岸では対Uボート戦で大失態を犯して未曾有の被害を出し、西海岸では日本潜水艦による攻撃等へのパニックから、罪のない日系人の強制収容所収容という誤りを犯す。原爆投下と違って正当化(言い訳)のしようもない過ち。合理性を追求して戦争を勝利に導いたはずのアメリカの過ちと、それを生み出した社会の混乱..。

公開当時(1979年)評論家ウケしなかったのは当然だと思う。年配者には到底受け容れ難いテーマを描いているからだ。逆に言えば、こうした「自国の恥」(戦争に負けたことがない世界最強国の、だ)をネタにコメディ・スペクタクル映画を撮ったスピルバーグ監督は相当な「硬骨漢」と言えるかもしれない。

この監督は近年の「宇宙戦争」でもアメリカ本土が戦場となって大混乱する様を描いている。この「1941」ではロサンゼルス周辺だけ、1日だけの「混乱」を描いているが、監督の(本土が戦場となったことがない)アメリカ国民へ向けたメッセージは共通しているように感じる。「プライベート・ライアン」で見せたリアリズムといい、スピルバーグ監督の「戦争」を描こうとする姿勢は常に新鮮で、他の作品への影響も大きいと思う。

公開から長い時間が経ったいま、この作品を偏見なしに観ることが出来るのではないだろうか?

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「1941」DVDが到着!

キタキタ!この映画、私の「most favorite film」なのだ。「most」だよheart04
私が映画に期待するもののすべてが、ここにあるんだなーhappy02

しか〜し、この「1941」、大監督スピルバーグの作品でありながら今回が初の国内DVD化となる。「リクエスト・ムービー」というシリーズの第1弾とあるが、リクエストがないとDVD化されなかったのか...coldsweats01 まぁ、世間一般的にはそういう位置づけの作品でもあるが。

かくいう私もリクエストした1人なのだ。アマゾンにリクエストするコーナーがあるのだが、数年前にリクエストして、国内版の発売時にはメールが来るようにしておいたんだけど、そのメールは来なかったように思う。メールの山に紛れてしまったのかもしれないが。

さ〜観るぞ〜heart04

Sany0002

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2007年1月27日 (土)

今度の日曜日は、500円で映画「不都合な真実」を見よう!!

日本テトラパックが環境啓発活動支援の一環として、環境ドキュメンタリー映画「不都合な真実」の興業を支援している。
なんと日曜日TOHOシネマズ系シネコンで500円で観賞できるのだ。 ニュースリリース
映画の紹介は、 こちら

先週、茅ヶ崎の環境・景観関係の仲間と総勢9名でこの映画を見てきた。海老名のTOHOシネマズはなぜか適用外だったけど...。アメリカでこの作品を見てきたメンバーが、「どうしても見て欲しい!!」と激しく誘うのでみんなで行ったわけだが、客の入りはイマイチ。アメリカでは満員だったそうで、何だか残念。良い作品なのに。

もともとドキュメンタリー作品は好きで、マイケル・ムーア作品は2本とも劇場で観た。映画は共通の体験になるから、観た後の語り合いはとても楽しい。この作品のように色々と考えさせられる映画はなおさらだ。ぜひ口コミで広めて欲しいものだ。

作品の第一印象は...アル・ゴアが太った。ということ(笑)。昔はスーパーマン俳優のクリストファー・リーヴに似ていると思ったものだけどなぁ・・(遠い目)
それと、Apple Computer社の現役役員だけあって、全編にわたってPowerBookがこれでもか!!と出て来たのも印象的。Keynoteでプレゼン資料を作り、PowerBookを抱えてプレゼン行脚。というのがこの映画の基本的な流れ。そう言えば安倍首相もPBユーザーだったっけ?

内容についてはだいたい想像のとおりだったけど、使用しているデータが2005年あたりまでと、新しいところが良かった。
「環境の変化は非線形」というのはコワイなぁ。南極、北極、グリーンランドの氷河は温暖化のため後退しつつあるけれど、これが非線形に進行する可能性があるという。「非線形」とは「徐々に、段階的に」ではなく「突然に」という意味だ。突然の海面上昇はマジで勘弁して欲しい。安全な土地を求めた争いが世界中で起きるし、衛生面でも大問題が発生する。世界は大混乱だ。

この映画について、データの取り方が一面的だとか、「熱波で死ぬ人と同数の人が寒波から救われている」いった批判もあるようだが、データの解釈に諸説があろうとも、昨今の異常気象の頻発ぶりから考えて「何もしなくて良い」ということにはならないと思う。また、「砂糖を入れ過ぎたから塩を入れよう」じゃあるまいし、「熱波被害者=寒波から救われた人」のような解釈はおかしいと思う。自然は長い時間をかけて形成されてきた、完成したシステムであって、そのバランスが崩れるということは決して好ましいものではない。シロクマが氷を探して100kmを泳いだが見つけられず溺死したという象徴的な話も紹介された。

最期にゴアから、「我々が今なすべきこと」(おもにライフスタイルの転換)が提案されるのだが、自国の軍事セクターの問題について言及しなかったのは個人的には残念でならない。アメリカの温室効果ガスの一人当たり排出量は際立って大きいが、その理由も詳しくは説明されない。巨大な軍事セクターの影響が大きいのでは?と思ったが、軍事セクターの排出量がそもそもこの数値に含まれているか分からない。どうなっているのだろう?

とまぁ、色々と考えるきっかけづくりになることは間違いない映画である。
ぜひ皆さん観に行って、そして感想を語り合って下さい。

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2006年8月 7日 (月)

アスタ ラ ビスタ、Vista

いよいよWWDC2006開幕が近づいて来たが、面白いバナー広告が準備されているらしい。

MacNN:Apple says 'Hasta la vista, Vista'
http://www.macnn.com/articles/06/08/07/hasta.la.vista.vista/

MacNN:Mac OS X Leopard: Vista 2.0
http://www.macnn.com/articles/06/08/06/os.x.leopard.vista.20/

Hasta la vista, Vista(アスタ ラ ビスタ)は'See You Again'という意味なので、'Hasta la vista, Vista'は「じゃあまたな、ビスタ」となる。この言葉、映画「ターミネーター2」でのシュワルツェネッガーの決め台詞('Hasta la vista, Baby')で、彼はこれを選挙戦でも使ってたらしい(ヒスパニック受けを狙ったのか)。よく覚えていないが、寄生獣みたいな敵ターミネーターにショットガンをぶっ放す時にも使った台詞のようだ。字幕は「地獄で会おうぜ、ベイビー」だったらしい。ひどいなー(笑)

Vista 2.0というのはWeb 2.0 とVistaの両方をコケにしてるわけね。年内発売という公約実現だけを目標としていまMSが必死に開発に励んでいる時期WindowsのVistaだが、機能的な目新しさは現行のMacOSX 10.4 Tiger どまり。こっちは「その先の先」にもう行っちゃてるよ、という意味ですな。バカにしてるなー(笑)

iPod/iTunes Music Store によってミュージックシーンを自らの企業イメージに取り込んだアップル。一般的にミュージシャンのイメージと言えば「先進的」「クール」だから、これはうまい手だと思う。今回のバナー広告もこのラインに沿ったもので洒落が利いているし、ブランド構築力はやっぱり世界最高レベルだなと思う。

しかし「シェア逆転」のような幻想はとっくに捨て、基本的には「ニッチでクール」というポジションを目指しているから(万年野党のように)気楽なことが言えるのだ...という風にも映る。これからもこのスタンスで行くのか。今回の基調講演で僕が関心を持っているのはこの部分だ。

インテルCPUへの乗り換えを断行し、WindowsXPでの起動を正式サポートすると思われるアップル。Windows Vista への期待感が既存ユーザーの中にほとんどないというこの状況はちょっとしたチャンスだと思われるのだが...。安定したWindows環境の継続を望んでいる大多数のユーザー向けに、何か面白い構想をぶち上げでくれるんじゃないかと期待している。

CNET Japan:アップルセンター http://japan.cnet.com/apple/

世界の著名デザイナー木製名作小椅子 nextmaruni
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精巧なミニチュアのチェア。


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2005年6月29日 (水)

映画「宇宙戦争」観戦記

uchusensou練馬にある某有名ラーメン店(元祖札幌や)に寄った後、適当にクルマを走らせていると「Now Showing!!」の立て看板が。おー、「宇宙戦争」は今日からか。というわけでUターン。としまえんに隣接した「ユナイテッド・シネマ」だったのが、館内BGMはスターウォーズ一色。すでに勝負あったような感じもするが、まったくテイストが違う作品だから両方観るのも良いと思う。僕もそうするつもり。

僕はH.G.ウェルズの原作(彼のSF作品は全部)が非常に好きなので楽しみであり不安でもあったのだが、これはまったくの杞憂だった。原作のテイスト、エッセンスを活かした素晴らしい作品だったと思う。スピルバーグ+クルーズによる前作「マイノリティ・リポート」とはそこが大きく違う。

「インディペンデンス・デイ」「マーズ・アタック!」があったというのに、何で今頃地球侵略もの?という向きも多かったと思うが(僕もそう)、この古典(前々世紀の1898年発表!)がなぜ今も読み継がれているのか。そのツボを押さえたところが良かったのだと思う。その「ツボ」とは、「1人称視点の徹底したリアリズム」だと思う。圧倒的な力の前に翻弄される人間。時代性はないんだよね。逆に言えば、時代が変わっても人間性はそんなに変わっていないということでもある...。

この作品は一種の「架空戦記」「if 戦記」とも言えるのだが、「if」は「超兵器を持った異星人が侵略して来た」という一点だけで、この未曾有の災難に地球人たちはどう行動するのかがストーリーの焦点となる。当時の軍事力、情報伝達、交通のレベルの中で、人々はどう対応するのか。19世紀のイギリスでは兵器と言えば大砲と機関銃、戦艦しかなく、戦車や飛行機はない。ラジオはまだないから情報は新聞のみ。自動車はまだ贅沢品で馬車がほとんどだ。

19世紀のトライポッド(3本脚の巨大戦闘マシーン)は、偶然命中した砲弾にコクピットを貫かれ、蒸気船の戦艦の体当たり攻撃に崩れ落ちたが、21世紀のトライポッドには防御シールドがあり、一切の攻撃を受け付けない。さらにあらゆる電子機器を破壊する電磁波パルス兵器を持っている。時代に合わせて(?)、バージョンアップを果たしているのだ。電気は停電、電話は使えず、テレビも見れない。車はすべて動かない。この映画の人類は原作当時と同じレベルになってしまっているのだ!自分の見るもの聞くものしか信じられない。自分だけが頼り。さぁ、どうする?

この映画は、いまだに国土が戦場になったことのない米国を舞台にした戦争映画としても、またヒーローやヒーロー怪獣が出て来ない怪獣映画としても観ることができるし、災害パニック映画や家族の絆を描いた作品としても観ることができる。非常に多角的に楽しめると思う。

初めて「日本人」という言葉を使ったのは坂本龍馬、そして初めて「地球人」という言葉を使ったのはH.G.ウェルズだという話を聞いたことがある。自分たち以外の存在(世界)を想定することで、初めて自分たちの存在(世界)を認識することができるというわけだ。原題はTHE WAR OF THE WORLDS(世界間の戦争)。

「種としての人類」の自覚に目覚めて欲しい。ヨーロッパ列強が植民地を巡って争っていた当時の世をウェルズを憂えてこの作品を書いたと思うが、スピルバーグは911以後の分裂した世界を憂いたのだろうと思う。当時と今では、何が変わって何が変わっていないのだろうか...。国連主義者のウェルズが今の世を見たらどう思うだろう。

トライポッドはデザイン、動きともにかなり原作のイメージに忠実だ。巨大兵器が生物のように歩く。「声」を発する。音もなく全てを灰にするするビーム兵器。この不気味さ、圧倒的な恐怖感といったら...。特に触手がイヤだ。人をすくいあげ、背中のバスケットに入れていく。怪獣ファンの間で人間を食べる怪獣が一番怖いと言う話が良く出る。地球上の全生物の上に君臨する絶対的な捕食者である人間が、逃げ惑い捕われ、喰われる(映画では肥料にされているようだったが)。捕食者から被食者への転落。これは人間が潜在的に持っている恐怖心のひとつだと思う。

逆にエイリアンのイメージは原作とかなり違う。原作(火星人)はタコのような外観で無数の触手を持っていて、脳と肺、腕、感覚器官以外(消化器官など)はみんな退化してしまった、という設定だ。タコは西欧(地中海沿岸以外)では「悪魔の魚」として忌み嫌われていて生理的に受け付けないところがあるのだと思うが、まったく異質な存在のイメージとしてタコを持ってきたウェルズのセンスはスゴいと思う。

原作の火星人は「進化の果ての退化、退廃」を描いた「タイム・マシン」の作者らしく、「未来の人類」として描かれている。地球より早く生命が誕生し繁栄した火星(地球の先輩)だが、寒冷化が進み寿命は尽きかけている。彼らはやむにやまれぬ事情から地球侵略を意図したのだ。地球に侵攻し細菌によって全滅したのは調査と橋頭堡作りを目的とした先遣隊だったと思われる。

原作では火星人の行為を倫理的な面から非難していない(自然淘汰の一種と見ている)ので火星人に感情移入することも可能だが、映画にはこれがない。火星人というアイディアを時代的に使えなかったと思うし、あれもこれも詰め込めなかったのだろうが、深みが削がれてしまったのは少々残念な気がする。

原作では火星人たちは円筒型のロケットを打ち込み、トライポッドはそこから出現するのだが、この映画ではトライポッドは古くから地底深くに埋められ、隠されていたように描かれている。なぜこのように改変したのだろう?
これまで怪獣映画で描かれてきた異星からの侵略のイメージ、侵略兵器として使われる怪獣の出現のイメージ(落下する隕石、地面への激突、クレーターから立ち上る煙、その中から出現する宇宙怪獣!)に原作の影響があまりに大きく、逆に陳腐化してしまったためではないだろうか。たとえば、ウルトラQの「ガラモン」みたいに。

オタク的視点から見ると、トライポッドって巨大ロボットの元祖ではないか?という気がする。「知的生命体が搭乗して操縦する巨大な生物型の超兵器」だもんなぁ..。原作ではビームガンや毒ガス発射機を持ち替えて使用しているし。原作にはわずかかだが「飛行マシーン」が出て来る。飛行機が存在していない時代に「航空機による都市爆撃」を想定するセンスはものすごい。

ミリタリーマニアの視点から見ると、20世紀型の戦争を完全に描いてみせた作品ということになる。原作発表当時の戦争は現在のように「銃後」がない戦争ではなかった。都市に対する大量破壊兵器による無差別攻撃、それによる難民の大量発生。映画でも当然これが描かれているし、こうした20世紀型の戦争に一般市民が巻き込まれたことがない米国民には、ひときわインパクトが大きいと思う。スピルバーグ監督の製作意図もここにあると思うが、どうだろう。

ジャンボジェットの墜落現場のセットにはあっけにとられた。あんな巨大で精密なセットはあり得るのか。本物を1機破壊したとしか思えない。特にストーリー上必要なシーンではないはずだが、911テロのリアルなイメージを観客に見せたい(体験させたい)いうことなのだろう。でも、911直後にはできなかったろうなぁ。

フェリーがトライポッドに襲われるシーンは原作にもあるのだが、超コワい。迫るトライポッドに慌てて出航しようとする船長、しがみつく群衆。堪え切れず海中に没する人たち。転覆する船から落下、沈んでいくクルマにも人が...。この辺の非常な細やかな演出がスピルバーグ的だと思うのだが、今回はダークな方面に炸裂している。アミスタッドという作品にも海中に人が落ちて行くシーンがあって非常に印象的だったが、この監督は「恐怖」の本質を良く分かっているなぁとつくづく思った。

スピルバーグ作品は全部観た訳じゃないけど、今回の作品は初期の「激突!」「ジョーズ」の頃に戻ったようでシンプルで分りやすく、大変好感が持てた。妙な(?)メッセージ性もないし。何よりも原作を尊重してくれたことが嬉しかった。SF小説ファンにもお勧めできる。

こぼれ話
スタッフロールに「SAILOR MOON BGM」とあったのだが、一体どのシーンで使われていたのだろうか。子供がテレビを見ていたシーン?

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